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  • OGMD : 攻略本収録の開発者インタビューを読んで、とても落胆したことについての話。

     2016-09-11
    edit
    スーパーロボット大戦OG ムーン・デュエラーズ パーフェクトバイブル (ファミ通の攻略本)  P8215564.jpg







    先日購入した攻略本を読んでいて思ったことシリーズ・第二弾(兼・たぶん最終回)。
    「その成長タイプ能力値補正ちょっとどうよ?」の件に続き、両プロデューサーが答えるインタビュー記事の内容について。

    設定やゲーム内容そのものに関して理解を深めるものというよりは製作上の意図などについての話がメインで、

    例えば「ムーン・デュエラーズというサブタイトルになったのはバンナムからの要望」
    「アジア展開の都合上、日本以外では初めてのお客もいるだろうからナンバリングではなくサブタイトル形式にした」とか、
    「第二次OGの開発に着手した時点で、次回作があればJとGCの話をやろうと考えていた」
    「シャナ=ミアがグランティードに同乗するのは、Jのアンケートでそういう要望が多かったから」


    などなどの事情が明かされていたりする。それらについての詳しくは攻略本実本を参照のことだが、
    今回この記事では、そのインタビューの中でも特に気に留まった3つの点についてをとりあげ、
    それについて思い起こされたことを書き並べていくものである、ということで。





    ・今回の「ストーリーの長さ」はアンケートの結果?


    ・GC/XO関連の大幅な改変は意識しての大改変だった。


    ・使いやすくなったMBを活用するとラスボスは倒しやすい?






    すなわちこれらの3点について、
    それぞれについて以下より。

    先に言っておきますと全くいいことは言っていないので、
    「他人の批判意見は見たくない」という方は見ないことを強くお勧めします。

    これまでに書いた感想で済ませて終わらせておくのが穏当だろうし、
    ゲームの感想としてはそれで十分なのだろうというのは間違いないだろうし、
    負のモチベーションを原動力にして物事を書き連ねるのは疲れるからあまりやりたいことではないけれども、
    それでもなお、この件については書き残して置かなければ気が済まないし整理も出来ないのでやるほかないのだ。







     ▼ 「ストーリーの長さ」とアンケート。

    「何について述べているか」の対象や意見の前提を明確にするため、できるだけ正確な引用の上で。
    (改行や行間、該当部分への下線などの編集あり)

    寺田:
    『スパロボJ』ではトーヤの父親であるエ=セルダはすでに死亡しており、名前が出てくるだけでした。
    ですから、今回の話を作るにあたって、エ=セルダが息子のトーヤにグランティードを託すシーンを入れようと考えました。
    物語後半のトーヤの行動は、エ=セルダの存在が『スパロボJ』以上に影響を与えています。

    この設定変更にともなって、アル=ヴァンの立ち位置も大きく変わりました。
    『スパロボJ』ではエ=セルダを殺し、アシュアリー・クロイツェルも壊滅させたのは彼ですが、
    本作ではカロ=ランやソ=デスという新キャラの仕業ということになっています。


    ──なるほど、大きく変わっていますね。



    寺田:
    じつは、その判断はかなり悩んだんです。
    作中のアル=ヴァンやカルヴィナの苦悩の度合いが違ってきますからね。
    ストーリーの構想段階で、『スパロボJ』の展開に近い別ルートを作ろうと考えてはいたのですが、
    シナリオの数やテキストがかなり増えてしまいますし。

    『第2次OG』発売後のユーザーアンケートで、
    「1ルートの話数が多い」「1話1話のストーリーが長い」というご意見が多かったので、
    本作は、じっくりストーリーを読んでプレイしてもらうところと、そうではないところを入れました。


    なお、アル=ヴァン関連のストーリーについては、
    悩みつつも『スパロボJ』とは違うIF展開ということで、本作のような形にしました。
    さきほども言いましたが、賛否両論あると思っています。


    「?」と思ったことのまずは一つ目。
    流れとしてはJの話題の中で述べられているけども、意味内容としては抜粋しても成立する下線部分、
    「今回のストーリー・構成手法は、アンケートの結果に基づく対応によるものである」という点について。
    Jそのものの話については後回しで。


    第二次OGが「1ルートの話数が多い」と言われるのは分かるんですよ。 いわゆる「EX編」とも呼ばれるラ・ギアスでの話と、
    それだけでもソフト1本弱に相当する数のその後に続く地上での話を、そのまま直列で繋いでしまってるんですから。そりゃ長い。
    実際「OGSの1・2のように前半と後半を分けて、前半をマサキ・リューネ・地上(教導隊)、後半を合流編として独立させるべきや」
    とか自分も思ったもの。せっかく過去には章別収録や相互の引継仕様などの実績もあるのにまるで活かされる様子がないとか。
    そもEX自体各章独立構成で個々のリプレイ性が高く気軽に何度でも楽しめる魅力があったのに、全然後に活かしませんよね。
    「ヒリュウに寄る/寄らないを選ぶという形の分岐でそれ以上の説明なくマサキ/リューネに分けるとかいうセンス酷ぇなぁ」とも。




    閑話休題、だけどもう一つの「1話1話のストーリーが長い」というのは分からない。全く分からない。
    本当に声として多かったのか?テキスト量を減らす目的ありきで「声に応えた」という体裁なのでは?と疑問すら覚える。

    例えばZシリーズなんてずっとテキスト量けっこう多いですよ。でも作品ごとに特別短くなったりなんてしてない。
    例えばUXあたりなんて、会話かなり長いですよ。でも概ね好評ですよ。そしてBXでもテキスト量がそう減るでもない。
    じゃあなんでOGは「長いって言われたから今回みたいなことにしました」ってことになるんですか?と。
    だから「減らしたい目的ありきで“多いという文句”を取り沙汰にしたんじゃないか?」って邪推すらも湧いてくる。


    「じっくり読むところ」と「そうでないところ」に分けたとは言うが、
    その結果「そうでないところ」は単に司令や艦長が「次いこ次」を持って回った言い回しで口にするだけ、
    「じっくり読むところ」はセリフという形をとった設定開陳か、作品内レベルや組織の身内でのやりとりばかり。
    結果として多数を占めるそれ以外のキャラクターが全然前に出ないし垣根も越えないという有様。


    今回MDと比較するならば、第二次OGのテキストは確かに多少は長いとは言えるだろうが、
    従来のスパロボと比較しても特段に長いわけでも、また内容が濃いわけでもなく、むしろ「足りない」方だったと言っていいだろう。
    「(自部隊内での交流や描写、敵のキャラ立ても薄いのに、上層部のオッサンたちの会話はやたらと)長い」
    とかのくくりでの話ならばギリギリ理解はしなくもないが、どちらにせよそれで今回のような有様になったと言われても、
    とても納得できるものではなくゴメンちょっと何言ってるのか分からないとただただ疑問符が脳裏に舞うばかりである。





    01.アイデアというのはなにか?
    HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN - 1101.com
    https://www.1101.com/iwata/

    そしてこの話なんですが、僕が好きでよく借用する例え話。
    「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」という糸井重里氏が主宰するサイトで、任天堂の故・岩田社長をゲストに迎えた時の話。
    「アイデア」と「問題解決」についての話。

    糸井:
    そうです。つまり、宮本さんによれば、「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」ということなんですが、
    この話を事務所のみんなにしたところ、ものすごく感心されまして。せっかく岩田さんがいらっしゃってることだし、
    あの宮本さんの発言の意図と、岩田さんの分析をくわしく聞かせてもらえたらなと思うんですが。


    岩田:
    あれは、ゲームをつくってるときに、宮本さんが言ったんですよ。
    ですから、宮本さんはゲームをつくるときのひとつの方法論として、おっしゃってたんですけど、
    わたしは、ゲームづくりに限らず万能な考え方だと思うんですよね。


    (中略)


    岩田:
    「多かったら少なくしよう」「足りなかったら増やそう」というふうに、
    いま起こってる事象をそのまましらみつぶしに解決していくのは、誰でもできることだし、工夫もいらない。
    たとえば、ある料理店で、お客さんが出てきた料理について「多い」と言ってる。
    そのときに、「多い」と言ってる人は、なぜ「多い」と言ってるのか。
    その根っこにあるものは、じつは「多い」ことが問題じゃなくて、
    「まずい」ことが問題だったりするんです。


    一同:あーーー。


    岩田:
    だから、本当はたいして多くもないのに、「多い」って言われた問題だけを見て、
    「まずい」ことに目を向けられなかったら、量を少なくしたところで解決にはならないんです。
    本当の問題が「まずい」ことだとしたら、「まずい」ことを直さないと、「多いから少なくしました」というのは、
    一見解決してるようで、じつはなにも解決してない。



    >その根っこにあるものは、じつは「多い」ことが問題じゃなくて、「まずい」ことが問題だったりするんです。
    >だから、本当はたいして多くもないのに、「多い」って言われた問題だけを見て、
    >「まずい」ことに目を向けられなかったら、量を少なくしたところで解決にはならないんです。

    まさにこの問題そのものではないか?と。

    「(つまらないので)長く思える、気になる」という問題に対して、単純に短くするという解決を図った結果、
    単に「短くてつまらない(短いしつまらない)」という問題へとスライドしただけではないのか?と。

    「話が長くてつまらない」という声に応えるなら「話が長くても面白い」か「短くても面白い」というのがプレイヤーの求めるもので、
    「話が短くて薄くて無味乾燥でつまらない」ものを結果として作っちまったんじゃあ解決になってないんスよ、と。
    この例え話はなにもシナリオに限ったことではなく、他の多くの部分についても見受けられるけどもここでは割愛。


    根本的には「質の不足」である問題に対し「量配分を加減した」という解決策をとったつもりで何も解決なんてしていないのか、
    そんなことよりもただ量を減らしたかっただけなのか、どちらにせよ、これではプレイヤーの意見なんて上げるだけ無駄で、
    プラスに働くことなんてないのではないのかと思えてくる。


    こんなことで、次回作はどんな声に応えて、どんな結果を出せるというのか、不安を覚えずにはいられない。








     ▼ GC/XOからの変更点について。

    寺田:(中略)
    また、『OG』では敵が一方的に攻めてくる話が多いため、和平交渉から入る異星人がいてもおもしろいだろうということで、
    漂流していたガディソードが地球に助けを求め、その裏ではヘルルーガがゴライクンルと繋がっているという設定に変えています。


    ──アキミ、アケミは、『スパロボGC(XO)』では選んだ主人公の性別によって変わる設定でしたが、
    本作では双子ということになっていますね。


    寺田:
    すでにラウル、フィオナの前例もありますし、アキミ、アケミは双子という設定にアレンジしています。
    ほかにもフェアリの立ち位置や、ジークとサリーが敵対せずに仲間になるという展開、ガディソードとクロスゲートの関係など、
    『スパロボGC(XO)』とは大きく異なっているところが多いです。

    あえてやってみたことなのですが、ユーザーさんの反応が気になりますね。
    オリジナルの作品とはいえ、メカやキャラクターが初めて登場した『スパロボ』が原作ともいえる存在ですし、
    それらをどうアレンジして『OG』に組み込むか、悩むところですから。


    今回のGC/XO関係における大改変は、「あえて」意図して積極的に行った、ということについてのお話。
    「ユーザーさんの反応が気になります」とも仰っていることですし、率直なところを申し上げたいと思います。

    改変された設定の上に描かれたストーリーを見ると、結果として正直まったく良いものができたとは思えないし、
    せっかく毒ガス作戦を未然に防いで穏健派と講和できるところに横槍で全滅とかいう台無し展開でどう思わせたかったのか、
    逆に疑問です。端的に正直に言って「クソが」という感じです、はい。

    すげーや、OGS~外伝でRグッチャグチャにした後は今回はGCもこれだもん。
    Rは回ごとに新フレームなどを登場させ地道に扱いをステップアップさせてきてはいるが、取り返しの付かない点として
    ただ一人だけいるデスピニスを見るたびに「どうして外伝はあんなことにした」と拭いきれぬ傷口が残ったまんまですよ。
    自社の作品だから遠慮なしにメチャクチャ改変してるんだろう(その上で酷い出来になってる)けど、
    「スパロボ」としてそのバランス感覚はダメでしょと。

    フェアリと双子の関係が極めて希薄になった上に記憶喪失からの回復にも大して関わるわけでなく適当に終わり、
    ジークやサリーとも特に接点が増えるわけでもなく、ガディソ組の身内では話が回るけどそれ以外との関係もとくに生まれない。
    アケミは大人相手にもカマをかけるキレ者という全くの別人のようになったもののそれが活かされるのもごくごく序盤のみ。
    “主人公”トーヤと仲の良い親友という立ち位置こそあるものの最序盤以外は話が進む上で活かされることも絡みも特になく。
    大きく二つの民族からなる国家というのは結局のところ話の何に寄与したのかさして思い当たるものはなく。
    ビルゴー君自体は悪いキャラではないにせよ、レジアーネを大幅に食い、当のレジ嬢は影が薄く。
    挙げ句の果てにはあの全滅、何がしたかったのかサッパリわからねえです、はい。

    あとついでに余談ついでの疑問なんですけど、“ガスで民間人ごと皆殺し”作戦なんて、
    自軍内部からでももっといくらでも意見が噴出しておかしくないと思うんですけど、なんでそういう描写とか無いんですかね。
    かつてDC戦争時に毒ガスを使おうとしたジーベルに刃を向けて止めたゼンガーや、
    エルピス・コロニーのテロ事件で家族を喪ったブランシュタインの一族、
    ホープで民間人ごとテロリストを始末するために使われたという呪われた血のジガンスクードを正しく使おうとするタスク、
    OG世界で過去にあった経緯や歴史から、自軍メンバーからもっと大きな反応が出てきてもおかしくない事柄でしょこれ。
    こんな点と点が繋がらない有様だと、「OG世界なりの独自ストーリーを描けている」とすら言えなくなってるのではないですかね。



    再度閑話休題、しかしここではき違えるべきではないのは、あくまでも
    「設定という土台を改変した上でそこに築き上げたストーリー」に結果としておよそ見るべきところがなかったのであって、
    「設定を改変すること」そのものがただちに悪なのではない、という点。 (中にはそこを変えちゃお終えよってのもたまにあるけど)

    とは考えつつも、狭い主観的観測範囲の中とはいえ今回の扱いを喜んでいるGCプレイヤー/ファンを見たことがないし、
    やはりどうしたって「こんな変に悲惨な形にねじ曲げるくらいなら、変えない方がずっと良かった」とも思うもので。
    「初めて登場した『スパロボ』が原作ともいえる存在ですし」と考えてはいる程度の思慮はあるというのなら、
    何故このような有様を招いてしまったのか、なおのこと不可解でしかない。


    そう口では「初登場のスパロボが原作みたいなもの」とは言いながらも、
    結局のところ「自分のところの作品なのだからどう扱っても構うまい」というつもりであるから、
    尊重とクロスオーバーによって成り立つ「スパロボ」としてはこうも完全にバランス感覚を失したような、
    設定も描写もちぐはぐで滅茶苦茶なストーリーが結果としてできあがるのではないか、
    と、OGにおけるひどい改変の類を目の当たりにしてそう思ってしまうことも無理なからぬのではないかと。
    思えばOG外伝以前からそうだし、OGSでも部分的に極めてアレだったりするのだし、
    こういうことはもう今さら言っても詮無いことなのだろうか。悲しいことに。

    あとそういえばそのうち「アクセル・アルマーという男はいかにして死んでいったか」という点も、
    「OGSで見受けられた極めてアレな点」とその後として書いてみたいですね、気力があれば。そのうち。







     ▼ J関係の設定変更・改変について。


    「アンケート」「GC/XOの改変」の話に続いて、後回しにした『スパロボJ』関係について。
    個人的インパクトとしては前者二つの方が上だけども、これも十分に首を傾げる点があったので忘れずに。


    ・エ=セルダの存在によって変わったこととは?

    Jオリジナルを知っている者ならば誰もが驚きとともに気づく「冒頭からいきなり父ちゃん初登場かよ!」という点。
    そしてここで疑問として出てくるのは、「後半のトーヤにはJ以上にエ=セルダの存在が影響している」なるコメントについて。

    文脈上は「エ=セルダが居ることによって生じた展開の変化」、
    つまり今回「トーヤに戦う背を見せて死んだこと」が未登場死亡のJよりもトーヤに影響を与えているということになるが、
    すなわちどの辺りに影響や変化が出ているというのか、いまひとつあまりピンとこないのである。

    Jの「トーヤ=セルダ・シューン」はそれこそ何かが憑依したのではないかというくらいの勢いを見せていたが、
    こちらはそういったことがあるわけでもなく(その点ではむしろ自然と言えるが)、そこに何かの影響は見出せただろうか、
    「戦う背中を見せて息子の前で死んだ父の姿」による顕著な影響が見て取れた点などあっただろうか、と首を傾げたくなる。

    「戦いに身を投じる動機」に変化があったのは誰がどう見ても分かるだろうし、そこは実際に差異として働いてたので、
    「特に序盤が大きく変わった」と言われたならばむしろ納得はできるのだが、序盤にあった実際の差異を加味した上でも、
    果たして「それを基盤とした顕著な差が後半に強く出ていたか?」と言われると、やはり首を傾げざるをえないのだった。

    そりゃあ今回の展開として目の前で父が戦って死ぬのを見た以上、話が進んでもそれが下地としてあるのは間違いないでしょう。
    しかし逆に言うと、そういう言い方はできるというだけで、実際に描写としてドラマに反映されていたかという点で頷けるか?
    という話である。 残念ながら、正直自分にはそうは受け止めかねる部分のひとつ。

    作中で曖昧だった点や意図を図りかねる描写について開発側コメントで謎が解けるということはいかにもありそうなものだけど、
    開発側の発言を知ることでどんどん謎や釈然としない点が増えていくというのがこのインタビューに対する印象である。





    ・アル=ヴァンの改変は賛否両論?

    『スパロボJ』に対する言及について、首を傾げる点パート2。
    それは「アル=ヴァンを中心としたJ関係の改変は賛否両論だと思っている」という箇所。

    「エ=セルダ殺しが彼の仕業ではなくなった」「アシュアリー壊滅&虐殺も同様」という二点が大きく違う要因ということのようだが、
    ここも個人的には「アル=ヴァンに対してそんなに賛否両論が予想されるほどの部分なんてあったか?」という感じ。
    そりゃ確かに「あくまで悪行の上で互いにそれを乗り越える形が良かった」というヒトだっているにはいるでしょうけども、
    ぶっちゃけスパロボでは、仲間になるキャラの「反感をもたれるであろうポイント」を減らす改変とかままあることだし。

    アシュアリー壊滅にしても、Jではその上でカルヴィナとヨリを戻しているわけだし、
    エ=セルダ殺しについても、Jではその上で統夜はそれを乗り越えたと言っていいだろうし、
    トーヤとカルヴィナが共演するにあたっては元々因縁がカルビ寄りになるであろうことは誰にも予測内の既定路線だろうし、
    そして「そもそも内面が大きく変わったと言えるほどの重大な描写は実際に今回そこまであっただろうか?」などの要素により、
    果たして今回「悪行を減らす」というIF要素が賛否両論になりうるほどの重みがあったか、というのが自分の中での大きな疑問。
    「賛否両論」というなら、自分としては正直フー=ルーやジュア=ムなどの方がよっぽどそうなると思うんですがね。

    あと規模としてはスケールダウンしたものの、艦首に超ビーム砲を装備しているなどということになって、
    ラブルパイラのガディソード人を皆殺しにさせられるという業を背負うことになった国にして艦、
    ガウ=ラ・フューリアの存在などまさに「改変の是非」を問われる部分じゃないかと。



    フー=ルー姐さんは出番が増えて序盤から満遍なく出るようになったことはいいにしても、
    分かりやすくキチったジュア=ムよりも実は余程ヤバさが溢れる戦いの果ての死こそ誉れなクレイジーバトルマシーンぶり、
    そういったエキセントリックすぎるキャラクターをそのまま持ち込めなかったと言えば半分は納得するところはあるものの、
    そういったカドがとれた結果、なんか妙にしみったれた凡庸な女騎士様になって死に際もじめじめと湿っぽく、
    キャラクターとしては見るべきところが薄くなってしまったことの方が、まだ「賛否」が分かれると思うんですよ。



    ジュア=ムにしても、背景として家族のことや弟、妹のことなんかが増えて、過剰な功名心に理由を付けた、
    転落までの過程を強化した……というのがまさにそれこそ賛否両論が出ることなんじゃないかと思いますよ。

    その点についても、最終的にはどうしようもないから倒そう、ついでに敬愛するアル=ヴァン様直々に決別させようというオチで、
    そんな背景を持たせるほどのことだったのか、或いは異なる背景を持たせるなら異なる結末を持たせれば?と思うところ。

    またプレイしていて「自分たちを優越種と傲り、地球人を下等種族として見下すことについては相容れようもないけど、
    民族の純粋さを守ろうとすることについては否定できないし別の問題だ」と思ったものの、
    そのへん全部一緒くたにされて排除されたのはどーなのよという感じもあった。

    背景設定を盛ったり、対ジュア=ムの最終局面に原作ではそこに関わらなかったアル=ヴァン様を出張らせるのなら、
    単に所謂「発狂」の最後のダメ押しをさせるよりも、説得でもできた方がまだ「賛否両論の改変」と理解できますよ。
    「その背に守りたい家族や国を抱えているのはみな同じだ、キミの尊敬するアル=ヴァン様も融和を望んでいる、
    今すぐはわかり合えないかもしれないが戦うよりも先を見届けるんだ」とでもさ。

    背負うものがある者は皆報われねばならないという理屈があるわけでもないけれど、
    ああいうキャラクター改変ならば、フー=ルーもジュア=ムも仲間になった方がすっきりしたろうと個人的には思いますよ。
    何せ、OG外伝ではフェルナンドもアリオンも(メイシスも)生き残った、そして仲間に加わったじゃないの、って。
    大幅に異なる背景とキャラクターを持たされた今回のJの面々がそうなっていけなかった理由ってあるんでしょうか。面倒か。
    仮にそこまでやっていたならば「OGなりのIFとして賛否両論あるだろう」と言われたら確かにそうだと納得できますよ。
    「原作通りに近いストーリーの別ルートを作る構想もあった」という点も、そこまで大きく異っていたなら分かりますよ。
    でも実際出来上がったこれを見て、何をどう「原作通り」にする構想もあったというのか、まるで見当もつかない。

    (「実際に仲間にしたいか?」と言われるとまあ別にそうでもなく、「賛否両論とか言うならそこじゃなくてあっちやそっちの方だろ」
    「そんなこまいとこで賛否両論とか言わんともっとデカいことしてから言えや」という思いが強く喚起されたゆえの壮語だけれども。 現実に「デカいこと」をやらかされたGC関係があの有様なだけに変えろとも変えるなとも言えないというかそれ以前の問題である)

    そして実際に差異として焦点になる大きな部分として言われたのは「仲間化が既定路線のキャラの悪行を減らした」という点。
    この辺、受け手側と感覚に大きな乖離があるか、企画段階での意図と結果出来上がった内容との乖離を把握できていないか、
    インタビューでの受け答え自体がそもそもテキトーなんじゃないか、そう疑わしくもなるというもので。もしくは編集がおかしいか。





    ・そのほかのJあれこれ

    今回この記事でJ関係についてあれこれ考えるうちに思い至ったことがついでにひとつ。

    トーヤ…というか乗機のグランティードにこそ背景設定が盛り盛りの盛りだくさんとはなったものの、
    「主人公と言われるトーヤ自身は、実際には人物描写や交流関係がかなり薄くない?」という点。

    他のキャラクターとの縁・因縁としては、
    同作品からの出典キャラに着目しても、アル=ヴァンは言うまでもなくカルヴィナとの関係がメイン、
    ジュア=ムもカルヴィナの元教え子としてそっちの絡みが強く、転落への直接的な理由も彼女がらみ。
    ソ=デスも度々グランティード誘拐実行犯として出てくるものの、アシュアリー壊滅や死に様としてもカルヴィナ担当、
    父の死の直接の原因と言ってもいいカロ=ランとも対抗関係が薄く、ラスボスたる総代とは姫の方がメインで縁が薄い。
    そして序盤のスタートダッシュこそ悪くなかったものの、十話と少しを過ぎてからはどんどんと全体のテキスト量が減り、
    キャラクター同士の関係性の描写や新規関係の構築といった描写そのものが減っていったことが拍車をかける
    なんとも、出番こそグランティードに伴って多いものの、対外的に関わる人間の数は少なく、すごく宙ぶらりんな印象である。
    これでは「主人公はトーヤ」というよりも「主役:グランティード」のそのついでと言った方が正しいのではないかという感じ。

    せっかく「同級生であり、親友である」という設定のアケミ・アキミのアカツキ姉弟ともまともに絡むのは序盤ばかり、
    こういった点もあって、「十話くらいまででシナリオ作るの力尽きてて、そこから先は下書きのまま出してきたんじゃないか」
    と冗談半分・本気半分でそう思えてくる。ならばアル=ヴァンや父親云々も「そういうつもりでそうなる予定だった」と納得いく。







     ▼ ラスボスはMBを活用すれば倒しやすい?

    ──今回のラスボスは、精神コマンドを封じてきたり、
    ラスボス自身にイベントで何度も精神コマンドがかかったりするなど、手ごわい相手でした。
    毎回ラスボスの性能はどのようにして決めているのでしょうか。


    寺田:
    強敵になるようにと、ゲーム・システムや全体のシナリオの長さに合わせて調整、設定しています。
    ただ、今回は[MB発動]を習得できるようになり、マキシマムブレイクを使いやすくなっていますから、
    活用すればより楽に倒せると思います。


    個人的に首を傾げる点、パート…3か4か、もしくは数え切れない点のうちの一つ。
    話題としてはラスボスについてというフリからの流れであるが、それがこの「マキシマムブレイク」についての言及にある。

    まず単純な事実の確認として、統率から名を変えた「MB発動」が養成可能となったことに間違いはない。
    しかし、それを以て「マキシマムブレイクを使いやすくなった」と言われることが大いに首を傾げる点であり、
    さらにその上で「マキシマムブレイクを活用すればラスボスをより楽に倒せるようになった」というのはさらに「?」だということ。


    これも個人的な感覚によるもので人によりけりな部分もあるかとは思うが、その上で。
    MB発動が養成可能になったことで確かに発動可能者の絶対数を増やせるようにはなったが、
    それを「マキシマムブレイクを使いやすくなった」と評するのが正直わからない。

    起点を担当することができるものが増える(ごくごく単純にそれを使える者の幅だけは増やせる)、
    ということを「使いやすくなった」と言っていることは分かるんだけど、分かるんだけども分からない。
    「好きなキャラクター起点でMBを使える」という利点になっているのは間違いなく事実だが、全然使いやすくはなってなくない?と。

    「参加者全員が気力140以上である」「全員が対応F武器を持っている」「通常の援護込み攻撃と同様にALL武器は使えない」
    「発動後は全員の気力が-10される」「起点となるキャラは専用技能の所持を必要とする」等々の雑多かつ大きな制限について、
    仮に気力条件低減か、発動後の気力消費がなくなるとか、ALL武器でも参加できるようになったなどの緩和の上であったならば、
    「使いやすくなった」というのも分かるが、単に必要技能が養成可能になっただけのあれを「使いやすくなった」と云うことに、
    なんとも大きなズレを感じてしまう。しかもPP消費400という莫大なコストの上でだよ?


    そして、「それを活用すればラスボスを楽に倒しやすくなる」というのがさらに不可解。
    そもそもMB自体の性質として、第三次Zのような単純に強力な攻撃(威力1.2倍)を繰り出せる必殺技としてのそれとは違い、
    OGのそれは使用条件の厳しさや煩雑さ、制約の量に比するほどの戦術的価値もこれといって無く、
    撤退する敵撃墜のためのHP計算が少しアバウトでいいという程度か、ただのロマン攻撃かという程度。
    (それ自体は別にいいというか、MB込みで必須のバランスにでもなる方が困る)

    その上、ただでさえ「HPの多い敵を削るには、ツインよりシングルで個々別々にした方が効率が良い」という環境で、
    長丁場になることが分かり切っている局面で、さらに敵はことあるごとに精神コマンドを使って仕切り直しを要求してくる仕様で、
    参加しただけで全員気力-10されるという息切れ要素を、養成で増やしてまで使いまくるか?というのは極めて疑問。
    (マインドブラストで精神使用を無効果した上でなら仕切り直しはある程度は無視できたりするけども)

    それを「養成で使用可能者を増やせたり使いやすくなったので活用すればラスボスをより楽に倒せる」というのは、
    「自分らの作ってるゲームに載せてるシステムが実効的にはどう働いてるかまるで分かってないんじゃない?大丈夫?」
    という疑念すら抱かせるものである。言い過ぎかもしれないが、これが素直な気持ちである。







     ▼ 総合して。

    「アンケートの声に応えたという建前で今回のスカスカな有様の話が生み出された」という現実、
    「開発側自身がゲームシステムのことを机上でしか理解してないのでは」と思わせるようなコメント、
    「あえての大きな改変をしたので反応が気になる」という結果があの台無し具合、
    「少なくとも脚本企画段階ではあった意図・構想に対して結果が全く伴っていない実際のシナリオ描写の質・量」など。



    「このインタビューに答えている人が携わった作品と、俺が実際にプレイしたゲームは、実は違うものだったのではないか」



    「和平から入ってくる敵勢力があってもいいんじゃないかと思った」とかいうなら、それこそJとGCなんて、
    これまでのOGでは薄かった「異文明知性体との共存と融和」なんて題材としてやるには絶好の機会だったわけなのになぁ。
    考えても考えても「フューリーの武断・純血派によるガディソード人皆殺し」の作劇上の意味と意図と必要性が分からない。
    「OGでは現実主義的な作劇をする」という発想でもあって、「これがそれを描き出した物語だ」とでもいうのだろうか。
    残念ながら自分にはそうとも思えないが。

    主人公との日常に溶け込んでいたフェアリさん、戦いから離れて出会えばなんてことないただの「人」だと分かるジークとサリー、
    そんな要素を全て切り捨てた上に、せっかく生きている人も全滅させておしまーいって、ホントなんなの、いやホント。
    Jの側だってそんなメチャクチャな業を背負わせられた上に、共存どころか(次回作もあるだろうとはいえ)事実上の追放。
    今回の大きな「改変」で、いったいどこの誰が得したシナリオになったというのか、さっぱり分からない。



    そんなセンスの元に行われるOG順応のための「設定改変」の型や、
    改変された設定の上に実際に描かれた物語に対して感じる、絶望的なまでの「質」と「量」の不足。
    そして「前回に寄せられた声に応えた結果としての今回」と、「そもそもの前作の出来はどうだったか」という点。
    これでは次回作に何の作品のどんなキャラが登場しようと、そもそもの扱いの手腕に信頼が置けないのでは意味がない。
    「せめて自分の好きだったキャラはメチャクチャな改竄と扱い方の犠牲にならないで欲しい…!」とでも望めというのか。
    期待するにしても、「マイナスが極力少なくなりますように」なんていう期待のしかたはしたくないのである。

    ちなみに上の話で用いた例から分かるだろうけど、何も変えるなとかどれを優遇しろとか、そういうことじゃないんですよ?
    ただひたすらに「ちゃんとおいしいもの」を出してほしいだけなんですよ。


    またゲームシステム面でも次回作に対して期待していたこと、
    すなわち技能関係の改善、ツインやアビリティのシステム発展、精神関係のバリエーション充実などがあるが、
    この「前回から今回での進歩の無さ」×「要望に対する斜め下の応え方」×「システム・バランスの把握感覚への不信」ときては、
    変わらずに期待を保て、希望を持て、という方が無理であろう。



    我がことながら言葉が過ぎるのではないか、悪くとりすぎな部分もあるのではないかと思うところもあるものの、
    正直なところ、この攻略本掲載の開発者インタビューを読んだ時の落胆と後悔と絶望感は、そりゃすごかったものだ。
    読んだ後に、こんな内容ならば読まない方がよかった、読まなければまだ純心に次まで期待できていただろうに、と。
    そういう前向きさをへし折るには十分な力を持っていた。


    これまでは概ねオブラートに包んだ物言いをしてきたけども、今回ばかりはそれを脱ぎ捨ててハッキリと言い残しておきたい。
    「現在のシナリオ製作体制、現状の企画開発体制下である限り、今後のOGにはもう希望は持てないだろう」と。
    前回から今回までの作品の出来と、その上でこのインタビューの内容は、そう確信させてくれるには十分でした。

    どうせ次回作が発表されればもはや本能的に注目はしてしまうのだろうけれども、
    それまでに、もしくはその時に、願わくばこの不信と不安が払拭されることを祈りたい。
    あととりあえずVまでにUX/BX系の新作でもくださいな。



    (引用出典:エンターブレイン刊『スーパーロボット大戦OG ムーン・デュエラーズ パーフェクトバイブル』 )



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    タグ : OGMD感想

    コメント
    更新お疲れ様です。
    第一に思ったのが、「竹田氏とスパロボはあまり噛み合っていないのではないか?」という印象を受けました。
    スパロボのメインは「ロボットに乗るパイロット達が様々な逆境の中で成長していく」という話が多いのに対し、竹田氏の得意とするのは軍の上層部による硬派なドラマと食合せが悪いと思いました。
    ここは森住氏に復帰させてもらって二人同時で調整しながら物語を構築していったほうが良いのではないかと思いました。
    GC/XOに関しては……もう繰り返さないでくれとしか言いようがありません、本当に。
    どうしてこうも設定改変が下手なんですか…。
    自分の作品群だからこそそういうのはぞんざいに扱ってはいけないと思います。

    とまあ次でOGが盛り返してくれることを切に願ってます。
    更新頑張ってください。
    あ、後は「アクセル・アルマーという男はいかにして死んでいったか」にも期待してます。
    【2016/09/12 23:47】 | アッカナナジン #- | [edit]
    L以降のエーアイ系みたいに脚本家数名制を導入した方がいいのかも
    超機人やゾヴォーグ本星の情勢、そしてバルマーという
    OGシリーズ開始からのストーリーの中核へと踏み込もうとするのだからこそ必要であり、
    今後スフィア系やUX系等が絡む事も考えたら
    グロリアさんやノーブル博士の改悪、いいや
    UX関連の改悪が行われる可能性を今のOG製作体制は抱えているのです。
    【2016/09/14 03:06】 | にゃんぱす~ #c765NYCs | [edit]
    コメントありがとうございますー。
    内容が内容、ネガティブさがネガティブさだけに、公開しておいてなんですけどちょっとヒヤヒヤ。

    竹田氏はですねぇ… 担当したゼノブレイドは楽しませて頂いたし、告死鳥戦記も概ね面白く読んでる上での私見ですが、
    TVアニメ的な、または少人数でストーリー主導な作品ならば実績もあるので問題は出にくいと思うんですけど、
    “プロ”とはいえ、大量のキャラをシチュエーション重視で捌くスパロボには畑が違いすぎた、という感じですかね…。
    作劇論的な話でたまに出るところの「キャラクター主導」か「ストーリー主導」かで言えば、
    竹田氏は、ダークプリズンなどを見てもスパロボにおいては明らかに「ストーリー主導」タイプという感じで。
    UXでチーフライターを務めた岸本氏も“プロ”に属する方でしょうけど、そちらはキャラ主導が適合した感じでしょうか。


    今では任天堂完全子会社となったモノリスソフトで自分の作品を手がけている森住氏を頼るのは現実的にはないでしょうけど、
    やはり彼の人のようなクロスオーバー力、キャラの魅力を引き出す軽妙な会話、ネタの引き出しが欲しくもなるところ。
    RoATXの作者でもある八房氏も、引き出しや掛け合わせ、熱い演出に定評のある人ですので、あやかれはしないものかと思いつつ。
    なんにせよ、今のシナリオ体制では、ネタの引き出しと絡め方についてあまりにも足りなく、それを補える方
    またそしてあまりに台無しすぎる改変を抑止できる人などが次はいてほしいと願うばかりです。


    ちなみに「アクセル(以下略)」は、「AとOG2とOGSでのそれぞれのキャラを比較しつつ」
    「AとOGSでは全く正反対に変わってしまったこと」「その上で辿っているその後の道筋」
    などについて自分の思うことを綴ってみる形になる…みたいな感じです。
    そのうち気力が上がれば書き残しておきたいですね…

    【2016/09/24 00:20】 | のこや #- | [edit]












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